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ニューウェーブの上になりたったポップスをやってる
●ファッションの面でも影響はうけましたか?
田島「僕はダイエースプレーで髪を立ててて」
木暮「田島は郡山のイアン・マッカロクだったからね」
田島「はははは。うるさいよ!」
木暮「で、俺は郡山のロバート・スミス(笑)」
田島「とりあえず風呂あがったらまず下をむいてスプレーかけてさ、髪の毛を
逆立てたまま寝るのよ。朝起きても髪は立ったままでさ。あの頃、ダイエース
プレー300円くらいだったかな? それを3本くらい買ってね」
木暮「一回か二回使っただけでなくなっちゃうんだよね」
田島「木暮は大学の頃、頭の横を剃ってたよね」
木暮「2ブロックにして。BAUHAUSのダニエル・アッシュとかロバート・ス
ミス路線ね」
田島「あと、オーバーコートも二着持ってたな。一個がおふくろのおさがりで
もう一個は東京の古着屋でかったボロボロのロングコートを着て」
●音楽的にはどのような影響をうけました?
田島「そもそもね、曲作ったりモノを作ったりするっていう作るっていう行為
自体がすごい楽しくてヤバくてカッコいいものなんだってことを、ニューウェ
ーブで知っちゃったんだよ」
木暮「だからこそ曲を作るようになったのかも」
田島「そうそう、ニューウェーブに出会って、曲つくりてえ!っていう気持ち
になって。今もそれは変わってないんだよね。だから『どんな音楽やってるの
?』って聞かれたら、ファンクやってますとかいろいろあると思うけど、僕は
やっぱニューウェーブなんだよ。今でもニューウェーブの上になりたったポッ
プスをやってるんだよね」
●なるほど!
木暮「やっぱりそこを通過しちゃったからね。ニューウェーブ・ムーブメント
がなかったら楽器を弾いてないと思うし。録音とか自宅録音しようって気持ち
にならなかったな。ニューウェーブ=宅録みたいなのがあったよね」
田島「あったね。宅録がかっこよかった。それが最先端で、それまではスタジ
オでバンドでやろうってのが当たり前だったもんね」
木暮「俺なんかバンドやる前に宅録はじめちゃったから、ベースがどんな形で
どの音がベースなのかわからなかったもんね(笑)」
●はははは
田島「FLYING LIZARDSの『Money』 とかがヒットして渋谷のPARCOでかか
ってて、すげえかっこいい!って思ったけどさ。あれの制作費なんて……」
木暮「5000円だっけ?」
田島「いや、500円くらい」
木暮「はははは。とにかくそのくらいチープな録音のものでもいいみたいな。
あれで勇気をもらったよね。パンクやニューウェーブがなかったら、曲には普
通にうまいギターが入ってくるのが当然だったから、そういう曲が自分に作れ
るとは思わなかったはずだし」
田島「下手な方がかっこいいっていうのもあったよね。下手でもクールならば
OKみたいな。うまくてダサいってのが一番ダメみたいなね。僕は反動でニュ
ーウェーブの後にルーツミュージックとか黒人音楽の方向にいっちゃったんだ
けど、曲作ったりとかそういうのはずっとニューウェーブの感覚でやってるよ
ね」
木暮「やっぱりそうなっちゃうよね。そっから始めたし。楽器を先生にならっ
たりはしてないし、音楽の勉強やったわけじゃないから」
田島「当時の美学ってのは、勉強した音楽や楽器の修練を否定するとこから始
まってるとこがあって、そんなの関係ないっていうのがニューウェーブだった
からね。でも今はさ、ちゃんと修練して音楽やってるって……それはそれで正
しいんじゃねえかって思うけどね(笑)!」
木暮「たまたま自分はそうじゃないほうにいったけどね。どっちが正しいって
いうのはなくね」
田島「なんでも斜にかまえるみたいなのは悪い傾向かもしれないな。ストレー
トじゃないほうがクールだってのはいいとこもあったけど悪いとこでもあって。
それをを引きずってる部分で今はちょっと反省もあるけどね。ただ、僕はニュ
ーウェーブの中でも突き抜けちゃうポップスをやりたかったんだよ。インディ
ーズブームってのが起こったばっかりで、音楽マニアはみんなちっちゃいとこ
でやろうとする傾向があってね」
木暮「そうだね、あえてそういう方向にね」
田島「反プロフェッショナルっていうか反テクニカルみたいなとこでやってる
けど、部活でいいや、うけなくてもいいやみたいな風潮もあって。でも、そう
いうのって全然おもしろくねえなって思って。メジャーな歌謡曲とかと同じ土
俵にニューウェーブ魂をもって上がってアートみたいなことをやるのが一番か
っこいいと思って。オリジナル・ラヴは今でもそうやってるつもりなんだけど
ね。ポップフィールドにいるニューウェーバーっていうかね」
●海外だとそれをなしえている人たちがいますもけど、日本ではなかなかいな
いですもんね。
木暮「ニューウェーブってポップだよね。ポップだったからこそ好きになった
部分もあったし」
●ニューウェーブがポップスを復興させた部分もあるでしょ? ネオアコなん
か特にバート・バカラックやサントラ、60’sポップスの見直しだったり。
木暮「ネオアコっつうのもパンクがあってこそのものでさ、単なるポップなも
のじゃないんだよね」
田島「一回転したうえでのポップスっていうかな。Burt BacharachとかBEA
TLESをニューウェーブ的な見方でとらえなおして、ルネッサンスしていくと
いうかね」
●SPECIALSはスカを復興させ、STRAY CATSはロカビリーを復興させると。
木暮「そうそう。ウェーブだ!とかいっても、まったく今までなかったものじ
ゃなくてリサイクルしていったものがあった」
田島「70年代に一度分断していっちゃったものをさ、ポップスのなかでもう
一回クリエイティヴな部分で捉え直すみたいなとこもあった。破壊するばっか
りじゃなくて、もちろん破壊ばっかりの人もいたけどさ」
●Einstu¨rzende Neubautenとかですね。
木暮「Einstu¨rzende Neubautenのライヴを観に行って一番すげえなと思っ
たのは、ブリクサがステージに出てきたらギターの弦が3本しかはってなかっ
たんだよね(笑)。オープニングで弦が3本ってだけでもう、やったー! さい
こー! みたいな」
田島「弦が6本ってダサいみたいなのがあったもんね。B-52’sは2本弦だった
し、オリジナル・ラヴの前身のRED CURTAINも最初8弦だった」
木暮「弦は6本である必要ないんじゃないかみたいな、自由な発想があったよ
ね」
田島「あと、ギターの弾き方にしても普通に弾かないとかね」
●チューニングが狂ったままだったりとか。
田島「そういうぶっ壊しと捉え直しだよね」」
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