|
2007.05.17(木) 文:田島貴男 |
|
|
|
久しぶりにVoiceを更新することにした。
きょうは夕方まで曲を作っていたが、煮詰まったのでコンピューターの前を離れ、ボクシングに行くことにした。
昨日から首と左肩のあたりの筋肉が固く少し痛みを感じるので十分にストレッチをした。
2ラウンドの縄跳び、4ラウンドのシャドーでもう汗まみれになった。毎年のことだが、5月に入るととたんにスタミナが落ちる。暖かくなって、窓から入ってくるはればれと気持ちよい五月の風が、ジムでは厳しい温度変化になる。
2ラウンドのミット打ちの後、完全に息が上がる。2ラウンドのパンチングボール、2ラウンドのサンドバッグ。
前はこの後もいろいろトレーニングをしたが、去年腰と首を痛めたため、この頃はただがむしゃらにトレーニングすることはなくなった。リングの脇で腹筋、腕立てをしていると、現クルーザー級チャンピオン高橋選手のスパーリングが始まった。近々タイトル防衛戦をやるという。本当にかっこいいボクサーだ。
そしてまたアトリエのコンピューターの前に帰る。
今年の2月から4月の中旬まではアイデアのラッシュだった。昼も夜も飯を食うことも忘れ、久しぶりに作曲に集中し、7曲一気に書き上げた。ポップな仕上がりだと思う。5月に入ってちょっとペースが落ちたが、今日も何かフレーズをとばかり、MPC4000を爆音でならし、ストラトキャスターをマーシャルで鳴らす。ひとときテナーサックスを吹き、またMPC4000とストラト、ピアノ、ギルドのアコギを鳴らして出鱈目に歌ってみる。
すこし一休み。と、ここで冒頭の文から始まるVoiceを書くことにしたのだ。
昨夜は、映画「悪魔とダニエル・ジョンストン」を観た。最近までダニエル・ジョンストンのことは知らなかった。この間スタッフが聴かせてくれて、興味を持った。そういえば去年日本テレビの土屋さんがこの映
画がいいって言っていたっけ。映画の後半、ダニーの清らかさにじわっときた。目頭に違和感を憶えたが、泣きはしなかった。
アトリエからの帰りがけに、なんとか曲のアイデアになりそうなフレーズを録音する。今日はこんなところだろう。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.08.29(火) 文:田島貴男 |
|
|
8月31日、「明日の神話」一般公開フィナーレで歌うことになりました。僕の弾き語りする歌に合わせて幕が閉まります。幕は、閉められることによって開けられる。そういう歌を僕は歌うことになります。糸井重里さんが「明日の神話」は出発する、とおっしゃっていたそうです。「明日の神話」は一旦ベールに包まれ、僕たちから見えなくなることによってその存在を、見えているときよりもさらに強く主張し始めます。
ほぼにち上の中沢新一先生の講義を聴いて、「明日の神話」は、「意味と無意味」、「価値と無価値」を超えてゆく人間の象徴だと思いました。ホリエモンや村上ファンドの事件があった同じ年に、この絵が一般公開され始めたという事実が、なにかを物語っていると、きのう日本テレビT部長、ほぼ日スガノさんと仕事の帰り立ち話しました。
皆さんよろしかったら、「明日の神話」最初の一般公開フィナーレに、汐留日本テレビまでいらしてください。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.03.27(月) 文:田島貴男 |
|
|
久々の曲作り、な
かなか勘が戻らない。ピアノをいじったりギターを弾いたりして、メロディを探した。いくつかのボツになるであろうメロディの断片ができた。このメロが頭の中でループしてひとりでに発展していけばしめたものだが、しょっちゅうそうなるわけでもないし、まだ今の段階では善し悪しが分からない。ここで僕がもしポールなら、ジョンが、ここはいいけどまだここがいまいちだね、とかアドバイスをしてくれるわけだ。そういうパートナーがいる人がうらやましく思うときも過去にあったが、そうじゃない人生を歩んだ僕は、i
Podに録音して明日のオレに判断をゆだねた。明日のオレが僕の作曲のパートナーだ。たまに、明日のオレも来週のオレも、その曲に関してよく分からないままの時もある。そういうとき、半年後のオレとか、一年後のオレが判断して出来上がった曲も過去にあった。かと思えば、3分で最初から最後まで出来上がってしまうこともあった。
曲作りにはマジックやドラマがあると今でも信じていたい。ところが、曲の作り方は一日作っていないとすぐに忘れてしまう。いっつもビギナーみたいなもんだ。13歳からポップスを作り始めて今まで、長いこと曲作りをし過ぎて、曲作りが好きなのか嫌いなのかも忘れてしまった。しかし曲作りは僕の仕事だ。左官屋さんが毎日壁を塗るように、トンカツ屋さんが毎日おいしいトンカツを揚げるように、曲作りをしていたいのだが
。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.03.23(木) 文:田島貴男 |
|
|
町田康さんの新しいバンドを見に行った。最初に中原昌也君のヘアスタイリスティックスのパフォーマンスがあった。中原君の絶叫するノイズに呼応してインスピレーションを爆発放出し続けるドラマーは、ステージが暗くて顔が見えなかったので最初は誰かと思ったが途中から間違いなく中村達也だと思った。実際その通りだった。ぶちまけるソウルフルなルサンチマンのなか時に笑える瞬間もある中原君のノイズは、この日は達也のドラムに呼応して笑いなしの圧倒的なテンションのまま突っ走っていた。かつてのフリージャズを思い出した。
町田さんの新しいバンドは、メンバーが若くなって過去の曲も新曲も今風に緻密にアレンジされ新鮮だった。言葉よりもかっこいいサウンドの方に耳がいってしまう場面もあったが、そのぶん朗読のコーナーがあり、ライブ全体としてサウンドと言葉のバランスは取れていた。サウンドに動と静が強調された結果、町田さんのボーカルの切れ味が鋭くなったように感じた。後半にいくに従って町田さん含めたメンバー全員がひとつの方向に盛り上がった。やり始めたばかりのバンドとは思えない完成度だった。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.03.22(水) 文:田島貴男 |
|
|
ポカスカジャンのライヴへ行く。ここのところぼくが観た彼らのライヴのなかで、いちばん良かった。のんちんのバナナを食べる光栄にもありつけたし。味わったことのない変な気分だったが、おいしかった。のんちんのバナナがなんのことなのか知りたい人は、ほぼ日刊糸井新聞にポカスカのネタがアーカイブされていると思うので観てください。10周年記念ライヴということで、おなじみのネタも、知らなかったヤバめのネタも、ベストセレクション的に観ることが出来て大満足だった。合間の彼ら3人の話も最後までお客さんを引っ張っていて楽しかった。
ちょっと前の話になるが、ツアーが終わって少しした頃、ソウルフラワーユニオンのライヴへ行ってきた。もうずっと前から見たいバンドだったのだが、やっと観ることが出来た。素晴らしいライヴだった。3時間以上のライヴなのにお客さんのテンションはどんどんあがるばかりで、バンドのグルーヴも音の迫力も最高だった。先日のRoots66では少し窮屈そうにしていた中川敬だが、普通にしている彼は飾らない面白い男で、彼ら自身のライヴではキーボード奥野との関西弁のぼけとつっこみ掛け合いMCがとても良いムードを作っていた。やっぱりもっともっと早く観ておけば良かった。
先日、斉藤和義と焼鳥屋に呑みに行った。斉藤君のラブソングは、シンプルでどこか肉感的で素敵だ。彼の音楽が広く一般の人たちに受け入れられているのは納得できる。彼はステージの上にいるときも飲み屋にいるときもほとんどしゃべるペースが変わらない。変な下ネタも同じペースではいる。「マイペース」ということとは少し違う、「彼のいつもの同じペース」が、ぼくはいいなあと思う。
|
|
|
|
|
|
|
2006.02.03(金) 文:田島貴男 |
|
|
一昨日のRoots
66リハーサルで、久しぶりに歌を歌う。ここのところ、一人でアレンジしたり、作詞をしたりしていたから、みんなと音楽ができて楽しかった。誰かと一緒に音楽を演奏すること、なんと楽しからずや。13歳から続けているが、まったく飽きることがない。
ソウルフラワーユニオンの中川君に久しぶりに会う。以前どこぞの飲み屋で初めて会って夜遅くまで話し込んだのだが、どんな話をしたかは良く憶えていない。が、とても気持ちの良い男だったことは憶えている。リハで彼の弾くギターがまたとても気持ちよかったから、彼のライブには近々行くことになるだろう。
今から、大阪に向かう。Roots 66は明日に迫った。アーティスト個別のリハーサルはいちおう終わったが、全体のリハーサルはこれからだ。ショウの全体像のイメージが見えないままの状態である。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.02.01(水) 文:田島貴男 |
|
|
イベントRoots66のリハーサル打ち合わせ。宮田一弥君、トータス松本君、スガシカオ君、斉藤和義君等と、実演
する曲を打ち合わせる。リハスタにいるミュージシャンが皆同い年、それぞれ皆やっている音楽は違うが、まるで学校の同級生がワイワイガヤガヤやっている感じで、実に不思議で面白い雰囲気だ。場が笑いに包まれる頻度が高い。学校のクラスの仲間っていうのは、本当に良いものだったんだなあ。こんなライブを体験するのは、二度とないだろう。
細かい雨の降る、寒い街を徘徊する。雪で大変な場所も多々あるらしいが、今年の東京の冬は、とても冬らしくて、気に入っている。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.01.27(金) 文:田島貴男 |
|
|
喫茶店で作詞。それにしてもいつの間にか、外を歩き回りながら作詞する習慣が付いてしまった。ほどよい人のざわめきがあると筆が進む。ちょうど良いざわめきを求めて街を歩く。ざわめきハンターである。今日入った喫茶店のお客さんの平均年齢は、60歳以上ではなかろうか。枯れた、いぶし銀のざわめき。こ
れは結構筆が進む。ところが、途中から、複数のラウドなオバちゃんのざわめきに場が変化したので、その店を失敬する。こんなことばっかり気にしてて、詞なんか書けるのか。書けまい。
夕方にNHKのラジオ収録。DJの方とお話ししていて思い出したのだけど、「恋の片道切符」の歌詞、「たどり着けないどこへも」の部分は、本当は「たどり着かないどこへも」であった。この曲はスカパラと一発録りをしたのだが、実はそこの部分だけ間違えて歌ってしまったのだった。通常のレコーディングならば、歌詞を間違えて歌った場合、絶対に歌い直すのだが、ここの部分だけ歌い直すと全体の歌の雰囲気が変わってしまう気がしたため、そのままにし、歌詞のほうを変更した。こんなことは自分のレコーディングでは初めてのことだ。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.01.26(木) 文:田島貴男 |
|
|
昼前にアトリエに着いてしばらく雑用をしたあと、歩いて少し遠くにある古い感じの喫茶店に行って、詞の下書きをする。ウインナーコーヒーがうまい。紙のコップで飲むスターバックスのような最新のコーヒーショップもいいが、70年代の香りがする、いかにも喫茶店然とした感じのお店が僕は好きだ。高校時代
からそういったお店で、コーヒーを飲みながら文庫本を読むのが楽しかった。
僕がまだ3,4歳くらいの頃、母親が喫茶店でパートをしていて、保育園に行った帰りに立ち寄ることが多かった。そのお店の、甘いコーヒーのにおいのする暗いカウンター席で、足を組んでいる大人たちのまねをして、自分も足を組んで面白がってみた記憶が残っている。僕の記憶の中でかなり初期のものだ。いまだに、無意識的に、椅子に座ると足を組もうとする癖がある。保育園で僕はたまにいじめられ、その喫茶店に着くと、とても安心したような憶えがある。僕の喫茶店好きは、たぶんそこに端を発している。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.01.25(水) 文:田島貴男 |
|
|
事務所でアルバム次回作の打ち合わせ。デモを初めてスタッフに聴いてもらう。僕以外、木暮晋也しか聴いていない音源だ。
去年、木暮に何回かアトリエに来てもらってセッションをしていた時期があった。木暮とは高校2年からもう20年以上の付き合いになるが、こんなことは初めてのことだ。今まで一緒に曲を作ってこなかったのは、若いときは二人ともどこか音楽に関しては牽制しあっているような感じがあったからだろう。いつの間にかそれが習慣化して、プライベートではすごく親しいのに、バンドをやるときは30を過ぎるまでずっと別だった。木暮がオリジナル・ラヴのライブでギターを弾くようになって、まだ6,7年くらいしか経ってないのだ。
初めてアトリエでセッションした日は、なんだかこそばゆいような感じで二人して何時間も爆笑し続けた。とにかくおかしくてしょうがない。学生時代に戻った気分で毎回最高に楽しかった。仕事が終わると、二人していつもラーメン屋に出かけた。木暮は、小食のくせにことラーメンに関しては大食漢で、都内のラーメン事情に詳しいのだ。彼とはいつもくだらない話ばかりしているが、彼は女性関係のことは一切言わなかったし、ついぞ一度も彼女を紹介してもらったことがなかったので、結婚すると彼が言ったときにはびっくりした。そして去年の暮れには子供も生まれた。ライブツアー中に彼は妻の出産を知り、ステージの上で、おめでとう!ってメンバーに顔ケーキされたそうである。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.01.24(火) 文:田島貴男 |
|
|
| |
|
|
まだ風邪は完治していないようだったが、思い切ってボクシングジムへ行く。柔軟体操でぼきぼきいっていた体が、動かすたびに軽くなってゆく。縄跳び、シャドウを4ラウンド、そしてミット打ちを3ラウンド全力でやったら、息が上がってふらふらになる。
いつも髪を切ってもらっているN君が来る。彼は、奥さんと一緒に僕の行っているジムに数年前に入った。久しぶりにジムに来たから、少し辛そうだったが、汗びっしょりで頑張ってやっている。
その後、パンチングボールやサンドバッグなど、いつもやっているメニューを終え、筋トレを始めたら、面白いように体から湯気がでる。今日は気温が低いから、身体が冷えないように早く終えて、シャワーを浴びた。
アトリエに行って打ち合わせなどを終え、曲の手直しをしようとしたが、風邪が完治していないせいで、眠気が襲ってくる。どうも仕事にならないほどなので、早々に切り上げ、帰宅すると、テレビでちょうどライブドア幹部が逮捕されているところだった。これからまたしばらくテレビ、週刊誌や新聞などが大賑わいになるわけだ。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.01.23(月) 文:田島貴男 |
|
|
| |
|
|
夜寝る前に「論語」を少しずつ読んでいる。以前は、偉い人のお説教なんじゃないかと思っていたが、最近面白いと思うようになった。孔子とその弟子たちが言ったとされる言葉が書かれている。弟子たちの言葉と、孔子の言葉は、はっきり器量が違うのが分かる。孔子が、弟子たちに、どういう云い方で答えるのが効果的なのかを、いろいろ考え巡らし、工夫しながら話している様子がうかがえる。彼は、ものすごくふつうの、当たり前のことしか言っていないのだが、この当たり前さが、目から鱗が落ちる当たり前さなのだ。洗練された大人。嘘をつかず、権威的でもなく、志を持って生きている人。知識と人生経験のバランスの取れた人。
二千四五百年も前の人の言葉だとは思えないほど、身近に感じる。孔子がもし今の時代に生きていたら、テレビなどに飄々と出て、平然と面白いことを言う人だったかもしれない。人間通だったのだろうが、いったいどういう体験をしてああいう考えに行き着いたのか。いろいろ悲しい体験とか苦労とかをしたのではないか。たくさん勉強したのだろうが、孔子の言葉は、ガリ勉の言いそうな薄っぺらいものではない。
知識、情報を多く持って、それを使いこなせたりできることだけが価値あることなのではない。知性、智慧、志は、生き方そのものであり、どう生きるか、そこに価値があると最近強く思う。「論語」は、単に偉い人の言葉ではなく、一般常識が書かれた本として、若い人にもごくふつうにたくさん読まれるべき本だと思う。「論語」がポップに読まれれば、時価総額だけが価値あることなのではないと、皆よく分かるだろう。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.01.21(土) 文:田島貴男 |
|
|
| |
|
|
朝起きると、ベランダの向こうが雪国だった。昨晩知人から呼び出されて久しぶりに呑みに行った、その帰り、ちらほら雪が降り出すなかを歩いて、厭な寒気を感じたのだが、やはり風邪だったらしく、熱が出ている。風邪薬を飲んだら、熱は少し下がったが、ひどく眠くて、やろうとしていたことがなかなかはかどらない。
朝、熱が出ていて風邪をひいたのかもしれないと感じたときに、総合感冒薬を飲んで、その後は嘘のように治ってしまうということが、この冬は2回くらいあった。ジムに行き始めてから、風邪をひくことがかなり少なくなった。快復するスピードが速くなった。
しかし、今日は雪も降ったことだし、やろうとしていたことは明日に回して、久しぶりに風邪気分を味わうことにした。ベッドの上で本を読んだりテレビを見たりうたた寝したり。時間を無駄にして、とても良い気分だった。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.01.20(金) 文:田島貴男 |
|
|
| |
|
|
この間、大阪でのHiroTさんのラジオ生放送で僕に「あー、うー禁止令」が出た。会話の間、「あー、うー」が多すぎるからやめなさい、「あー、うー」を言うたびにマイクのボリュームを下げてゆくぞ、ということになったのだ。僕は以前母親からもこのことを指摘された。自分のラジオ番組を持っていたとき、ご丁寧に、今回は何回「あー、うー」を言いました、と教えてくれるファンレターさえあった。頑張って「あー、うー」をこらえながら話ししたら、番組自体はとても面白いものになったが、途中で呼吸困難になりそうだった。HiroTさんは以前、ポール・マッカートニーが来日したときにインタビューされて、その時の会話全部をCDRに焼いて僕に個人的に送ってくださったことがある。ポールは、京都で自転車をレンタルして散歩したとか、ビートルズのメンバーとは思えないほどふつうな旅行の楽しみ方をしていて、妙に感動した。
僕はビートルズのおかげでミュージシャンになれたと思っている。ビートルズの音楽から曲の作り方を学んだ。彼らの音楽には、ロックの基本から応用までのほとんどが含まれていると思う。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.01.19(木) 文:田島貴男 |
|
|
| |
|
|
いつものトランペットの朝練をしに、某貸しスタジオを予約する。アトリエでトランペットの練習をするのも飽きるから、気分転換もあって貸しスタジオで個人練習をしている。最近の貸しスタジオの店員はとても対応の良く、気持ちがよい。むかし僕がデビューする前の頃、貸しスタジオのバンドマン系の店員は、鬱蒼としてやる気がなさそうで厭な感じがしたものだが、それに比べて雲泥の差である。彼らのはきはきした対応に接して一日を始めるのと気分が良い。
ラジオ出演でT-FMへ行く。生放送で初対面のDJと話すのはやっぱり難しい。ゲストの僕がそうなのだから、DJの人はなおさら気を遣うだろう。特に音楽の話は難しい。注意していないと、話がすぐに専門的になりすぎてしまうからである。最近は、音楽以外のことのほうが、ラジオなどではお話ししていて楽しい。
その後、ニューアルバムについてのコメント録りをする。一人でニューアルバムのことについて、コンパクトにまとめながらしゃべらなければならないのだが、何年やってもうまくならない。今回はカバーアルバムだから、まだ説明がしやすいが、オリジナルアルバムの場合、自分のアルバムを誰かに説明をしようとすると、いつも何を言って良いか分からなくなる。一人で作詞作曲アレンジをやるシンガーソングライターゆえ、私小説家が私小説のコンセプトをラジオで語るがごとくの変な感じというか。私小説的なアルバムを作っているつもりは無いのだけれど。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.01.18(水) 文:田島貴男 |
|
|
| |
|
|
ボクシングジムへ行ったあと、アトリエで作曲をする。ジムに行って4年目になるが、最近はジムに行った日のほうが仕事がはかどり、夜は目が冴えて眠りにくいくらいである。ボクシングを始めた頃、ジムに行った日はすぐに眠くなって仕事にならなかった。もうすぐで5年目に入るが、いまだに、毎回少しずつ身体の動かし方が分かったりするのが嬉しい。
仕事を終えて駐車場へ行ったら車に水がはじいていて、雨が降ったことに気づいた。日本海側を中心にひどく雪が降った今年の冬だが、東京はずいぶん晴れの日が多かったから、久しぶりに雨に洗ってもらって東京も気持ちがいいだろう。
30分だけトランペットを吹いた。まあ調子よく吹けた。音域は相変わらず広がらないが、音色はだいぶ良くなった。マウスピースをBachの5Cに戻してから、アンプシュア(口の形のこと)が安定してきている。去年の暮れはマウスピース病に罹り、20種類くらいのマウスピースのサイズを大小行ったり来たりしてきりきり舞いした。最近は上達の度合いが横ばいになってきている。ここで飽きてしまわずに練習し続けなければ、と思う。
|
|
|
| |
|
|
|
2006.01.17(火) 文:田島貴男 |
|
|
| |
|
|
|
超不定期更新のVOICEであります。オリジナル・ラヴのカバーアルバム「キングスロード」が発売になります。
最初は、カバーアルバムだから気軽に簡単に作ろうと思っていたのだが、やっぱりオリジナルアルバムと同じく、頑張って作ったぜ。
特に力を注いだのは日本語訳詞だ。シンプルなラブソングがなかなか訳しづらく、一行訳するのに一週間くらい考えたこともあった。さらに外国の有名曲を日本語訳してカバーをする許可がなかなか下りなかったりして、訳詞を含めたレコーディング準備期間は半年くらいかかってしまった。実際のレコーディングは2週間くらい。ほとんどの曲の歌と演奏を一発レコーディングした。素晴らしいメンバーとレコーディングできて、それはそれは楽しいひとときだった。
きょう、スカパラの欣ちゃんと彼のラジオで話していて、やっぱり一発レコーディングは善いよねって盛り上がった。欣ちゃんも僕も60年代の音楽の大ファンなのだが、なんで60年代の音楽がいつまでたっても好い感じにきこえるのかっていうと、時代背景だとかいろんな理由があるだろうけど、やはり一発でレコーディングしているからなのだと思う。
最近女子フィギュアスケートが盛り上がっているが、あれはレコーディングにおける、一発レコーディングだと思う。4回転ジャンプを失敗したから、そこだけもう一度お願いします、なんてことが出来ないのだからこそ、緊張感があって面白い。レコーディング現場で、間違うことを前提としている演奏は、やはり音楽的なエネルギーの低い、つまらないものになってしまうのだ。無限に演奏を修正できるハードディスクレコーディングが普及した現在、間違ってもオッケー、っていうんじゃなくて、間違いを直しちゃいけないルールを決め、ミュージシャン魂をこめてレコーディングするやり方は、スリリングな音楽を多く生むひとつの方法なんだって、欣ちゃんと話が盛り上がりました。欣ちゃんはドラマーだからなおさらそう思うみたいなんだよね。
|
|
|
| |
|
|
| 過去の「Tajima's
Voice」はこちらへ |
|
|