| 2010.2.8(月)
文:田島貴男 |
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YoutubeでCrampsのライブ映像を観たり、
AMA Supercrossの映像を観たり。
こうやってCrampsのライブ映像が観たいと思ったらすぐに観れるんだもんな今は。
ぼくが中学生の頃には、Crampsのライブ映像なんか一生観れないと思っていた。
Crampsは最高のB級オカルト・ロックンロールバンドだ。
女性の下着を着けてマイクで前歯を折りながら歌うLux Interior。
ゼブラの水着を着て最高にかっこよくグレッチを弾くPoison Ivy。
彼らの馬鹿馬鹿しい大暴れには、
ものすごくセンスのいい悪趣味には、
いまもワクワクさせられるところがある。
彼らが1970年代から、
30年近くずっと同じようなスタイルでライブを続けていたことは、
驚異的なことだな。
追伸。
いまCrampsのことを調べていて、
Lux Interiorが去年に亡くなられていたことを初めて知りました。
謹んでお悔やみ申し上げます。
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| 2010.2.5(金)
文:田島貴男 |
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この間「探偵ナイトスクープ」で、
マイケル・ジャクソンの「ホーッ!」を聴くだけで、
その曲がなんの曲か絶対に分かるという10代の少年が出ていた。
マイケル。「ホオーッ!」
石田探偵。「このホーッ!は?」、
少年、即座に「ビリージーン」、
マイケル。「ホッ!!」
石田探偵、「ではこのホーッは?」、
少年、「バッド」。
という具合に、100パーセントの正解率だった。
マイケル・ジャクソンの普遍性ってすごい。
彼はミュージシャンとしてとてもクオリティの高いアルバムを作ったけれど、
あのパフォーマンスを見ても分かる通り、
ミュジーシャンという存在を超えた、
とんでもないエンターテイナーだった。
どんな国に住んでる人も、
どんな年齢層の人も夢中にさせるような、
普遍的なエンターテイメントを作りだす人だった。
だから探偵ナイトスクープの少年のような、
新しい熱狂的なファンがいまも生まれているんだよな。
今日、遅ればせながらやっと"THIS IS IT"を買った。
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| 2010.2.4(木)
文:田島貴男 |
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「1Q84」を今頃読んで、
ぐいぐいストーリーに引き込まれている。
この文章の思わせぶりな感じというかさ。
やっぱり村上春樹はすげえなあ。
早く次がどうなるか知りたくて、
本を読むのが遅いぼくが、
いつもよりかなり速い速度で読んでいる。
話題になった本を、
誰も話題にしなくなった頃に読むのが、
ぼくの常だ。
それにしても最近は、
積ん読(ツンドク)率が高くなってきてるなあ。
スタッフと焼き肉へ。
ユー・ストリームのことを初めて聞いた。
久々に食べた塩カルビが旨くて身体に沁みたぜ。
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| 2010.2.3(水)
文:田島貴男 |
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今夜も東京は雨が雪に変わった。
大げさに寒がりながらひとりバスを待っていると、
冷たく黒い車道に長くのびる二本のサーチライトの中を、
たくさんの黒い雪が落ちてゆく。
二月の雪は毎年東京を冷やすが、
もうすこししたら風が強く吹いて、
急に暖かくなる。
温かいココアがうまい季節もあと少し。
オートバイに乗りてえなあ。
iPhoneを鍵盤の上にセットすると、
シンセサイザーやドラムの音が鳴って、
シーケンサーにもなりそうなインターフェイスが現れた。
iPadが一般的になればメーカーはどんな音楽ソフトを作るのだろうな。
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| 2010.2.2(火)
文:田島貴男 |
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ツアーが終わって気が緩んだのか、風邪をひいた。
熱がすこし出たが、医者に行って処方してもらった薬を飲んだら熱が引いた。
このあいだ買っておいた瓶入りの甘酒を温めて飲んだ。
風邪に効きそうな感じがしたんだな。
無料化される高速道路ってあんなにちょとだけなんだ。
そんなに期待していたわけではなかったが、それにしても少ないな。
いまごろ、村上春樹の「1Q84」を読み始めた。
小説を読む気持ちの余裕がやっとできた。
・・と思ったら風邪をひいたのだけれども。
メル・ギブソン監督主演の映画「ブレイブハート」を観た。
スコットランドの英雄ウィリアム・ウォレスの物語。
かなり脚色されているらしいのだけれども。
おぞましい昔の時代の処刑や戦争を知るたび、
今の時代に生きていて良かったと思える。
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| 2010.2.1(月)
文:田島貴男 |
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おーっと、雪だ。きれいだな。
仕事の帰り道、お祭り騒ぎみたいに降ってきた雪が、
東京の夜のアスファルトに積もり始めて、
どこか楽しいような雰囲気だ。
車やバイクが滑ってこないかやきもきしながら、
自分も滑らないように、雪を踏みしめ歩いて帰ってきた。
「アバター3D」を観てきた。
いろんな意味で、ものすごい映画だったな。
まず、各シーンの絵が圧倒的な迫力と、ものすごい細かさで、
とことんまで作り込まれていて、
どうやって作ったのか想像がつかない。
3Dになっていることによって、
映画を観ることが鑑賞よりも体験に近い。
遊園地のアトラクションに近い感覚でありながら、
感情の流れがある物語になっている。
そして強いアメリカ批判。
20世紀に自分達が目指した方向は、過ちだったのではないかと、
人間は自ら自問できるのか、というようなテーマ。
20世紀のアメリカ人の象徴だったのかもしれない、
「ターミネイター」を撮ったジェームス・キャメロン監督が、
今度は、「ターミネイター」が滅ぼそうとしたものを、
怒りをあらわにして描いている感じ。
その怒りは、自分へ向けたの怒りなのかな。
惑星パンドラの神秘的な「自然」には、宮崎駿の影響が感じられた。
自然の中に神様がいるとする、ナヴィ族の世界観は、
インディアンの世界観や、日本の古来の自然観もすこし垣間見れる。
ハリウッドのすごさを、
これでもかというほど思い知らされた感じの映画だな。
もう一回観てみたいな。
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| 2010.1.29(金)
文:田島貴男 |
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iPadが出たね。またやられたなあ。
iPhoneは買ってないけれど、これは買ってしまいそうだな。
ドラえもんのポケットから出てきそうな製品だな。
本も読めるしネットもできて音楽も聴ける。
ぼくの場合だと、音楽制作以外のコンピューター仕事は、
だいたいこれで事足りてしまいそうだ。
タッチパネル式のコンピューターが出るだろうと言われていたけれど、
こんなに洗練されたものだとは思わなかった。
音楽を聴くときはネットにつながったコンピューターに、
イヤホンやスピーカーをつなげて聴くのがふつうになった。
録音されたほとんどすべての音楽が、コンピュータの中に、
ネットの中に、すっぽりと入って収まってしまったことがやっとイメージできたのは、
去年のことだった。
録音音楽産業全体の形が変わったんだと、やっとイメージできるようになってきたんだ。
新しく録音された音楽がコンピューターの外に出ることは、
これから先かなり当分の間もうないように思える。
でもだからといって音楽の楽しさそのものがなくなったり極端に変形したりするとは、
言い切れないように思えるんだ。
音楽制作の現場では、録音される媒体はアナログテープからデジタルテープに変わり、
いまはコンピューターのハードディスクになったけれど、
録音するときに使われるマイクやヘッドアンプは、
1970年代製のものがいまだによく使われている。
媒体がハードディスクになったことによって、
録音された音楽は極めてエディットしやすいものになったけれど、
エディットしまくった音楽が面白い音楽じゃないことにも、みんなが気がつき始めた。
論理的に制御され構築された音楽のルールから、「はみ出た部分」、
音楽が人力で演奏されることによっていつの間にか奏でられている、
「ノイズ」みたいな、「分けの分からない部分」こそが面白いんだ。
歌は言葉とくっついているけれども、
言葉やロジックやそれらの意味とか価値には置き換えられない、
バイブレーションの芸術なんだ。
音楽はただ聴いて、メッセージを聴いて味わい楽しむのがすべてじゃない。
音楽は楽器を触って遊ぶ楽しさから始まるものでもあるんだ。
音楽は聴くものでもあるけれども、プレイするものでもあるんだ。
とくにロックという音楽はそうなんだと思う。
ドラムやギターやベースを、
ものすごい大音量で演奏することによって得られる、
言いようのない開放感!
そういった音楽のもともとの面白さが、
録音音楽がコンピューターに収まってしまったことによって、
極端に変形はしないような気が、今はしている。
でもやっぱり、以前までの音楽の在り方とは、
すこし違ったものになるようにも思えるんだよな。
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| 2010.1.28(木)
文:田島貴男 |
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身体のあちこちが痛いな。
ライブというのはいつの間にかいろんな箇所の筋肉を動かしているみたいでさ。
今回のHole Shot Tourでは、
エレキギターはほとんどエピフォンのシェラトンというセミアコ一本しか弾かなかった。
いつも最後にやる「R&R」という曲では、チューニングを一音下げているため、
その曲専用にギブソンのファイヤーバードを使っているのだけれども、
それ以外のエレキは今回は全部シェラトンを弾いた。
シェラトンは元々ぼくの親友のギターで、
ギターのノイズをなんとかしろと当時バンドメンバーによく言われていたぼくが、
あまりギターを弾かなくなった彼に借りたものだ。
それが二十歳頃のことだからもう二十年以上もシェラトンを使っているんだよな。
彼は優しい奴で、やがてぼくの持っていた別のギターとシェラトンを交換してくれた。
そのギターは時間が経つほどにどんどん良く鳴るようになってきて、
今回のツアーでは、全曲もうこのギターしかしっくりこないまでになっちゃってさ。
実は彼はもうこの世にはいないこともあって、
ぼくはこのギターを彼の形見のように思っている。
いつものツアーではエレキギターは2〜3本用意して、曲によって変え、
ギターを変える度にローディーさんにチューニングしてもらっていたのだが、
今回はほとんどの曲をシェラトンで弾くことになったので、
自分で曲と曲の間にチューニングした。
その間、お客さんを待たせてしまうことになるので、
チューニングしながらたどたどしいMCをした。
クアトロのようなホールでは、
ステージからお客さんがよく見えるから話しやすかったけれど、
AXのようなすこし大きめなホールでは、
照明が自分に当たるとお客さんがまったく見えなくなってしまうのを忘れていて、
MCの時、いつの間にかひとりだけでしゃべっているようになってしまって、
難しかった。
今回ツアーで酷使したからか、
いままで一度もトラブったことのない丈夫なシェラトンが最終日のリハーサルで、
ついにリアピックアップが鳴らなくなった。
でもこのギターなしにはバンドのアンサンブルが成り立たなくなっていたので、
サブのギターは使わず、
最終日本番はフロントピックアップだけですべての曲を演奏した。
4人のギターバンドになって、
メンバー一人一人の演奏がバンドに与える影響がとても大きくなった。
誰一人お休みする暇がない、演奏の気を抜くことができないところが、
4人編成という小編成バンドのスリリングな面白さなんだよな。
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| 2010.1.27(水)
文:田島貴男 |
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Hole Shot Tourが終わりました。
ライブに観にきてくれたみなさん、
本当にどうもありがとうございました。
最終日はいろいろ課題を残したライブでした。
エンターテイメントの遠い道のりをまた思い知りました。
ライブは、一番面白くて、同時に一番難しいです。
もっと音楽を面白くして、もっと楽しいライブになるように頑張ります。
ツアーが終わって寂しいですけれど、
またいつかお会いしましょうね。
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| 2010.1.26(火)
文:田島貴男 |
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いよいよ明日はHole Shot Tour最終日です。
今回のツアーで、やっぱりバンドが一番楽しいんだってことを再確認しました。
最終日ですけれども、
気負い過ぎず、一生懸命楽しいライブをやりたいと思います。
バンドがグルーヴする音楽のよろこびを、
みなさんと満喫できるようなライブにしたいです。
まだ行こうかどうか迷っている人も、ぜひいらしてください。
友達を誘って、観にいらしてください。
ひとりの方ももちろん大歓迎です。
渋谷AXでお会いしましょう。
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| 2010.1.25(月)
文:田島貴男 |
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ポール・ウェラーのSun flowerという曲を聴いた。
この曲の入ったポール・ウェラーのソロアルバム発売当初、
ぼくはそんなにピンとこなかったのだが、
いま久しぶりに聴くとやっぱりかっこいい。
ぼくが東京の大学に入ってすぐに友達になった先輩がモッズだった。
ニューウェーヴ一辺倒だったぼくは、
その先輩を通して初めて東京のモッズシーンの存在を知り、
そんなにピンと来てなかったThe Jamがかっこ良く思えてきて、
先輩に聴かされてスモールフェイセスなどの60'sブリティッシュロックを知り、
アメリカ西海岸のガレージパンク、サイケデリックミュージックなどの音楽に出会った。
その先輩はライトやミラーをデコレーションしたベスパに乗り、
サイドベンツに三つボタンの細身の改造スーツ、
細いネクタイにアーミーコートという典型的なモッズファッションで大学に現れ、
ぼくをベスパの後ろに乗せてくれたり、モッズの踊り方を教えてくれたりした。
ぼくは先輩のThe Jamのコピーバンドを手伝わされ、ドラムをたたいた。
ぼくはポール・ウェラーよりもどちらかというとアンディ・パートリッジ派だったが、
先輩の友達のモッズバンドをいくつも目の当たりにして、
なにかすごく眩しいものを観たような気がした。
おしゃれすぎて小憎らしい感じさえした。
圧倒的にかっこいいと思った。
ぼくはデビュー当時よくポール・ウェラーに影響されているのではと質問されたが、
XTCには影響された自覚があるが、
ポール・ウェラーにはそんなに影響されていないと思う。
当時のぼくの先輩達はポール・ウェラーから半端なく影響されていたので、
それに比べて自分はそんなでもないかなと思っていたんだ。
ポール・ウェラーを見ると、
なにか自分の好きな女を盗られるような、しゃらくさい感じがした。
かっこ良すぎて嫉妬してしていたんだ。
でもやっぱり当時イギリスのパンク・ニューウェーヴ・シーンのなかで
一番スタイリッシュだったのがジョン・ライドンで、
二番目にスタイリッシュだったのが、
ポール・ウェラーかスペシャルズかBOWWOWOWだったように思う。
ポール・ウェラーは、
ロックがブラックミュージックをシンプルにして爆発的にラウドにした音楽だということを、
音楽的な態度で示していてかっこ良かった。
でもぼくは結局モッズにはならなかった。
モッズには嫉妬のような憧れのような微妙な感情をずっと持ち続けたままだった。
その16、7年後、とある音楽フェスでポール・ウェラーと同じステージに立ったとき、
彼は、爆音で鳴らしているギターアンプの上に、
大きなヒマワリの花を生けていた。
歌っている曲は、イギリスの選挙制度についての歌だった。
イメージ通り、おしゃれな人だった。
大学時代のある日先輩が、血相を変えてすごいモッズバンドが現れたと言って、
ライブを録音したカセットテープをぼくに聴かせた。
「ブルーハーツ」というバンド名だった。
その後ブルーハーツが大成功を収め、
若者の誰もが知るバンドになるとは思いもしなかったけれど、
当時からなにか特別な存在のバンドという感じだった。
実はぼくは、日本のロックミュージシャンで一番おしゃれな人は、
甲本ヒロト君だと思っている。
彼の持っているものや着ている服は、いつもなんかかっこいいんだ。
ぼくはどちらかというと洋服などには無頓着な方なのだけど、
彼はぼくにまったくない洒落たセンスを持っていて、
いつもなんか眩しく見えるんだ。
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| 2010.1.22(金)
文:田島貴男 |
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テキサスバーガー食べたぜ。
人気があって品切れになったりするんだってね。
以前ニューオーリンズに行った時、
マクドナルドにケイジャンバーガーっていうのがあって、
なんとなくそのときの味に似ているような気がしたな。
身体が休憩を必要としているのか、
甘いものとか、肉とかを食べたい気分なんだな。
「僕らの音楽」が放送されました。
秦くんはベースの鹿島さんが彼のツアーに参加していることもあって、
何度か会ったことがあったのだけれど、
今回のテレビで彼のとても素直な人柄を知ることができたし、
彼のベルベットボイスを堪能することができました。
とても楽しい撮影だったなあ。
「プライマル」がドラマの主題歌になったとき、
その主役が大沢たかおさんだった。
テレビ収録では入れ違いでお会いできなかったのだけれど、
あるところで彼がオートバイ好きだということを知ったこともあったし、
お会いしてすこしでもお話ししたかったなあ。
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| 2010.1.21(木)
文:田島貴男 |
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怒濤のスケジュールが一段落ついてホッと一息。
気がつくと指の先がガチガチのタコになっている。
今回はいままでやったツアーのなかで一番たくさんギターソロを弾いているからなあ。
慌ただしい時間のなかにいると身体も心も思考回路も固くなってゆくみたいだ。
マッサージに行くように、バイクに乗って固くなった気持ちと身体を柔らかく戻したいなあ。
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| 2010.1.20(水)
文:田島貴男 |
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名古屋と大阪のライブから帰ってきました。
ライブに来てくれたみなさん、本当にどうもありがとうございました。
今回はいろいろなことが重なって慌ただしくて、
メンバーと飲みに行ったりするような時間がなかったのが寂しかったけれど、
でも、とくに大阪でのライブは、自分としては、
いままで目指してきたライブのひとつの形に、
やっとたどり着けたような手応えがあって、本当に嬉しかった。
ライブが終わった直後、ベースの鹿島さんはぼくに「やっとできたね」と言った。
なんというか、ずっとできなかった鉄棒の逆上がりが、
初めてできたような感じというか。
エンターテイメントの道のりは本当に長いなあ。
東京の落語家さんなら、師匠にいろいろ教わって30代で真打ちになる人もいるけれど、
師匠に教わることのないロックの世界には、二つ目も真打ちも無いようでいて、
けれども実はやっぱりそういうものがあるのではないかと思えるようになってきて、
心斎橋クアトロでは、一つステップが上のショウはこういうものではないのかと、
初めてイメージできたんだな。
でもその境界というのは、
拍子抜けするほど当たり前なことに自分が気付けるかどうかだったんだ。
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| 2010.1.15(金)
文:田島貴男 |
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ぼくが40歳を過ぎて急にバイクの免許を取ってスポーツスターに乗り始め、
しかもモトクロスまでやり始めたのは、
昔から乗りたかったけれど乗る機会を逸していたオートバイに、
この年齢を逃すと、もう一生乗らないんじゃないかと思ったからということもあった。
だから最初から大型バイクに乗るのは無謀だったのかもしれないけれど、
半ば強引に普通自動二輪と大型自動二輪の免許を一気に取って、
バイクも買ってしまった。
でもそんなに急ぐことはなかったのかもしれない。
モトクロスで、ぼくよりも年上なのにぼくよりもそうとうタフな人はいっぱいいた。
オートバイを通じて、
ぼくよりも年が上だけれども数倍スタミナがあるんじゃないかみたいな人に、
何人も出会った。
ぼくは二十歳の頃、40歳になってもまだ音楽を続けているとしたら、
もっと大人しくてうるさくないような、落ち着いた音楽をやりたくなって、
演奏しているんじゃないかと思っていた。
ところが、今なおエネルギッシュでグルーヴィーでラウドで、
馬鹿馬鹿しくてソウルフルな音楽が大好きでさ。
今回のHole Shot Tourみたいに、
二十歳の頃以上にステージで大きな声を出して動き回っているんだよな。
ただ、いい歳して青臭い少年っぽさにこだわっているつもりは、
まったくないのでよろしく。
誰だって何歳になってもエネルギッシュでいられるんだというのは、
最近分かったことだ。
気持ち次第なんだよな。
ぼくがここに書くまでもなく、
永ちゃんや清志郎さんやストーンズやマドンナや、
ポール・マッカートニーやイギー・ポップみたいなバケモノ(いい意味でね)が、
そういうことをぼくらに示してくれている。
ただ彼らバケモノ(いい意味で)に共通することは、
普段からなんらかの体力作りをしているということが、
かなり確実に言えるようなんだよな。
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| 2010.1.14(木)
文:田島貴男 |
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きょうはフジテレビに行って「僕らの音楽」のリハーサルをしてきました。
秦基博くんが呼んでくれて共演することになったんです。
秦くんはシルキーな甘い魅力的な声でぼくの曲を歌ってくれました。
収録はこれからなのですが、とても楽しいセッションになりそうです。
みなさんぜひご覧ください。
それからHole Shot Tourにもぜひ遊びにきてくださいねー。
毎度観に来ていただいている方はもちろんのこと、
オリジナル・ラヴのライブを観たことがない方も、
しばらく観てなかったんだけど久々に観に行ってみようかなって方も、
大歓迎です!
「そんなのかんけえねえ」って言うフレーズがちょっとまえに流行ったけれど、
その背景には前提として「いろいろかんけいある」ぼくらがいるわけでさ。
その「いろんな関係」が面倒くさくなっちゃったり疲れちゃったりしたときに、
一気にシンプルに「そんなのかんけえねえ」って言い放って、
あたかも全部解決したかのような気分になりたいときがあって、
でもそれはやっぱり全然解決していないんだな。
むしろ「いろんな関係」を放棄して、投げ出してしまっている。
生きていていろいろあるなかで、ほんとうにごくたまに、とある場面で、
そういうことはあるように思うけれど、
でも毎日二回も三回も本当に「そんなのかんけいなく」してたら、
その人はいろんなことに気付くことができなくなって、
ふつうのことさえも気付くことができなくなってしまうんじゃないかな。
昨日書いた、ラテンソウルを歌う熱いかっこいい男も、
周りのことをあまり気にしてなさそうに感じられるけれど実は、
かなり周りのことを気にしてああいうかっこいい歌をうたっていたのかもしれない。
ただ当時のラテンアメリカよりもいまの時代の方が、
文化なりいろんな事情なりが複雑になっているから、
当時若者だった彼の歌が素朴で野性的に聴こえるのかもしれない。
時代はどんどん複雑になっていってシンプルへ戻ることはなさそうなんだな。
人が子供から大人になれば、物事が複雑で多面的に見えてくるように、
これから時代がもっと大人になるほど、物事はもっと複雑になってゆくみたいだ。
でも萎縮したりあわてたりしなくていいんじゃないのかな。
だからといって「かんけえねえ」って、
逆ギレしたりヒステリックになったりしなくてもいいんじゃないかな。
ふつうに朝起て顔を洗って元気を出して、
速くなってゆく変化について、複雑になってゆくことについて、
いろいろ感じ取ったり、見方をもう一つ増やしてみたりして、
思いめぐらしていったらいいんじゃないのかな。
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| 2010.1.13(水)
文:田島貴男 |
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今回のHole Shot Tourで、
会場にお客さんが入るときに流れているB.G.Mを選曲してくれたのは、
ベースの鹿島(・ホセ・)達也さんです。
ラテンソウルなら任せろと、
自らかってでてくれました。
70年代のラテンソウルを集めたものです。
ぼくも聴いたのですが、
演奏やアレンジがかっこいいのはもちろん、
たまに聴こえてくる歌がとにかくすげえかっこいいんです。
もうなりふり構わない感じでひたすら熱いんです。
熱い男がかっこいいって方に振り切っている。
男がワイルドだった時代の歌なんです。
冷ややかな視線というのがふつうのことになったいま、
この頃の男の歌が眩しく感じられます。
この、周りの視線をそれほど気にしてなさそうな男の歌が、
ギラギラ輝いているんです。
一生懸命ってすげえかっこいいじゃねえか、
そんな気になってくるんです。
みなさんライブ会場に早めに着いたら、
ぜひ聴いてみてください。
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| 2010.1.12(火)
文:田島貴男 |
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今日渋谷クラブクアトロにいらっしゃったみなさん、
本当にどうも有り難うございました!
Hole Shot Tourの初日でした。
途中ちょっと酸素が足りなくなったりとか、
いやーいろんなことがありました。
まだ頭の中がチカチカしています。
ヘロヘロになりましたけれど、
なんとか無事に終えることができました。
みなさんの熱い声援につよく励まされました。
Hole Shot Tourは始まったばかりです。
みなさん、気軽な気持ちで遊びにきてください!
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| 2010.1.11(月)
文:田島貴男 |
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いよいよ明日からHole Shot Tourが始まります。
みなさん、友達を誘ってぜひ遊びにきてください。
もちろんひとりの方も、ぜひ気軽な気持ちでいらしてください!
初めてオリジナル・ラヴのライヴを観る方も大歓迎です。
Hole shot tourはカラフルでホットでチリペッパーなサイケ、ラテンロックの夜になる予定です。
シラフの人にも、お酒に酔っている人にも、
ファンキーな楽しい夜を。
自由な気分になれる夜を。
それでは会場でお会いしましょう!
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| 2010.1.8(金)
文:田島貴男 |
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リハーサルも大詰め。
ちょっと疲れが溜まってきたかな。
眠くてたまらんです。
音楽ばかりやって一日が過ぎてゆくのが速いです。
ギターを弾き過ぎてちょっと指が痛いです。
でも、もっともっと音楽を演奏したい気分です。
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| 2010.1.7(木)
文:田島貴男 |
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ビートルズのファーストを聴く。
ビートルズだったら最近はこの"Please Please Me"しか聴かなくなっちゃった。
この惚れ惚れするアルバムでビートルズは、
比較的に大人数で演奏されるモータウンなどの黒人ダンスミュージックを、
ギター二人、ベース、ドラムのたった4人だけで、
楽器を演奏しながらコーラスを加えたりして工夫をこらして、
迫力ある白人R&Bに作り変えている。
一つのマイクに二人で歌ったりとか、
日本のグループサウンズの人たちが真似したりしてた、
典型的な初期のビートルズスタイルがここにある。
シンプルなかっこよさがここにある。
生演奏一発録音の、やり直しがきかないソウルがここにある。
ロックバンドの原点、お手本がここにある。
シンプルだけれども、すごいカラフルで広がりを感じさせるアレンジと歌だ。
当時のビートルズのメンバーがどういう音楽に影響されたのか、
どういう音楽を目指そうとしていたのかを、
"Please Please Me"を聴くと、
ぼくはだいたい予想できるのだけれども、
影響を受けた音楽からどういうふうにオリジナル曲を作り、
どういうふうに頭を悩まし苦労してアレンジしていったかが、
同じ4人のバンド形態をやってみると、
より具体的に伺い知ることができるんだ。
そしてやっぱりすげえなと感心してしまうんだ。
バンドはバンドの真似から始まったわけではなかった。
初期ビートルズが影響を受けた音楽は、
スモーキー・ロビンソンやリトル・リチャードやエルヴィスの音楽のように、
ほとんどが、オーケストレーションやホーンセクションやコーラス隊のいた音楽だった。
でもそういった音楽をたった4人だけで演奏できるように、
めちゃくちゃクールにアレンジをシェイプアップさせて、
エネルギッシュにロック(身体を揺らすの意)する音楽に「変換」し仕上げた。
初期ビートルズのクリエイティブは、
そういった「変換」のクリエイティブだったんじゃないのだろうか。
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| 2010.1.6(水)
文:田島貴男 |
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ハーイ!タコス食ってるー?
リハしてる俺たちメンバー内に熱く盛り上がるラテンロック!
今日はベーシスト・鹿島・(ホセ)・達也さんがサンタナのCD聴かせてくれたよ。
ホット過ぎる!
冬なのに熱過ぎるリハーサルスタジオ!
熱がこんもりこもってます!
ファ、ファ、ファ、ファンキー!
サイケ!
肉食音楽!
ケバブー食いたい!
Hole Shot Tourは肉が食べたくなるライブになりそうです!
みなさん、できればサイケなファッションで来ていただくと、
さらにライブが楽しめるかもしれないです。
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| 2010.1.5(火)
文:田島貴男 |
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今日もHole Shot Tourのリハ。
やっぱりバンドは面白すぎるよー!!
目がまた二重まぶたになっちゃったから、
身体はすこし疲れているのかもしれないが、
楽しくて疲れがほとんど感じられない。
音楽を演奏し始めて30年が経ったけれど、
音楽、演奏、歌、合奏、アンサンブルは、
どこまで知った気になっても知らなかったことがまだまだぜんぜんあって、
いくつになっても発見がある。
30年経った今でも、バンドをやる度、新鮮な驚きがある。
楽器を生で合奏することの楽しさは、
生の音楽をみんなで体験する濃いい楽しさは、
情報が表現できるものじゃない。
だからインターネットでいくら検索したって分からないし、
バーチャルなものでは置き換えられない。
音楽のよろこびをナメるな。
ツアーのメニューは一ヶ月以上ああだこうだ悩んだけれど、
リハーサルを始めて実際にみんなで音を合わせると、
思いもよらなかった新しいアイデアが生まれて、
具体的なテーマが一気に出来あがってきた。
サイケデリック!
ソウルフル!
ファンキー!
きな臭くてホットなラテンロック!
テレビから聞こえてくるあの曲もやるかもしれません。
皆さん、ぜひ遊びにきてください。
ビートルズも4人。クラフトワークも4人。
バンドには、4という黄金律があるんじゃないのか。
4人で演奏していると、つくづくそう思うんだ。
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| 2010.1.4(月)
文:田島貴男 |
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Hole Shot Tourのリハーサルが始まっている。
今日も思いきり歌ったよ。
ひとりで弾き語りをここのところしばらくやっていたから、
メンバーがいるのは賑やかで楽しいなあ。
やっぱりバンドは最高だな。
昨日一度読んだ新聞よりも、今日のまだ読んでいない新聞を読みたいと、
ぼくは思ってしまう。
昨日一度読んだ新聞は、よっぽど自分の興味あることでもない限り、
捨ててしまうのがふつうなんじゃないかな。
たとえば新バンドとか、新曲だとか、新製品とか、新商品には、
(新しい)情報としての価値が含まれている。
だから新鮮な情報という側面だけでも、人は欲しがってくれたり注目してくれたりする。
でも時間が経つと、情報としての付加価値は薄まってゆく。
そうすると、商品だったら、そのモノが本当に便利だとか、
音楽だったらその曲が本当にいい曲だとか、
そういうことが人に分かってきてしまう。「質」の善し悪しがバレてくるんだ。
情報が商品になっている時代に生きている人々は、情報を消費して生きていて、
一度消費された情報は、商品としての魅力がなくなってしまう。
いいギターは長く使ってくると、そのギターの本来のいい「鳴り」が分かってくる。
いいバイクも長く乗っていると、そのバイクの本来の楽しさがじわじわ分かってくる。
本当にいい道具は、長く使っているとその良さが分かってくることがある。
よっぽどそのモノに精通している専門家のような人は違うのだろうけれど、
ぼくみたいなふつうの人間は、
そのモノの質の良さはぱっと見ただけではすぐに判断できない。
でも時間が経つと最初には分からなかった、「質」が少しずつ分かってくることがある。
時間が経って初めて、モノの「質」が問われてくると思うんだ。
「定番」と言われているモノには、そういう「質の良さ」がきっとあるんじゃないかな。
でもその「質の良さ」っていうのは、ちょっとやそっとで作れるものではない。
「質」っていうのは、失敗をものすごくいっぱい重ねて、
長い時間をかけて、見えない努力をいっぱい重ねて、
やっと出来上がってくるかこないか、みたいな類いのもの。
だけどふつう他人は、そういう過程がすぐに分かるはずはないのは、
当然なんだな。それは当たり前なんだな。
だから質のいいものを作ろうとしている人は、いつもすごい孤独だ。
それも当然なんだな。
見せかけ、こけおどし、大見得を切ったりっていうのは、
その時だけとか、短期的には効果があることがあるのかもしれない。
「ぱっと見のハデさ」とか、「情報の過激さ」とかっていうのは、
そのモノをみんなに知ってもらう意味で、
そのモノを宣伝する意味で、効果的な場合があるのかもしれないけれども、
時間が経つと、人はそのモノの「質」に気づいて、
要らないって判断したり、
あるいは、あらためてまた欲しがったりすることもあるんじゃないのかな。
インターネットが普及してなんでも検索できる今の時代は、
モノやコト全体的に、情報としての価値が下がってきているようにも感じられてさ。
それじゃあ、モノを作る人たちは、もっと「質」に目を向けてみればいいのだとも、
そう簡単にも言いきれない気がする。
でも、「もっと質に目を向けてみる」というのは、一つの手ではあると思うんだ。
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| 2010.1.1(金)
文:田島貴男 |
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あけましておめでとうございます!
もうお気づきになった方からメールが届き始めています。
ありがとうございます。
麒麟 淡麗(生)のCMの音楽で、
「ボラーレ!」を日本語で歌わせていただきました。
元旦の今日からオンエアーです。
熱い魂の音楽です。
皆さん応援をよろしくお願いします。
晴れ渡った青空の下、
神社に初詣に行ってきました。
老若男女いっぱいの人たちが集まっていました。
いっぱいの人達がながーくお祈りをしていました。
今年もいろいろ変化が訪れる年になりそうですね。
変わる時代、変わる人波に、
変わってゆく部分と、変わらない部分、両方持ちながら、
ひとりの人として、
なおいっそう頭と心と身体を働かせて今年も頑張って行くつもりです。
皆さんに幸多い年になることお祈りします。
本年も、どうかよろしくお願いいたします。
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| 2009.12.31(木)
文:田島貴男 |
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もうすぐ年が明けますね。
用事があって上野のアメ横に行ったのだけれど、
身動きとれないほどすごい混み合っててさ。
蟹や蛸の足とかが飛ぶように売れてて大変な盛り上がりだった。
大手町の方を車で通ったら打って変わって誰もいなくてさ。
六本木も閑散としてたな。
人の集まり方って面白いもんだ。
今年、このページを読んでいただいた皆さん、
メールなどを下さった皆さん、
ありがとうございました。
最近は日記を書くことによって、
感じていなかった風のようなものを、
すこし感じるようになってきている気がします。
でも気のせいかもしれない。
まだよく分からないので、
来年もここに日記を書いてゆくつもりです。
皆さん良いお年を。
来年もよろしくお願いします。
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| 2009.12.30(水)
文:田島貴男 |
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仕事納めの日だった。
慌ただしかった11月12月がやっと終わって、
Hole Shot Tourリハまでのほんのひとときの間、
一息つけると思ったらやたら眠くなってきた。
まだ思いついたばかりの考え中のことで、
みんなが分かるようにちゃんと書けないのだけれど、
つっこみどころ満載のこととして、
走り書きのようにここにメモしておくよ。
「省エネルギー」という言葉は、
今は当たり前のことのになったからあえて言う必要がなくなって、
みんなあまり使わなくなった言葉だけれど、
いままさに省エネルギーの時代に、ハイブリッドに時代に、
インターネットを使うことがふつうのことになった時代になって、
仕事に於いても生活に於いても、
エネルギーの燃焼のさせ方が変わったんじゃないだろうか。
自分のエネルギーの燃焼する「仕組み」、「場所」、「方向」、「時間」が、
変わったんじゃないだろうか。
以前よりももっと違う部分を忙しく働かせなければならなくなったんじゃないだろうか。
身体はもちろん、より頭を使わなければならなくなったんじゃないだろうか。
「考えること」を、もっとしなくちゃならなくなったんじゃないだろうか。
「考えること」が働くことに、より直結する時代になったんじゃないだろうか。
「アイデア」を常に作ろうとすることが、
より働くことに直結する時代になったんじゃないのだろうか。
このホームページに日記を付けることがふつうのことになって一年半経って、
すこし自分に意識の変化が起こっている気がしているのだけれど。
些細な変化なんで、まだよく分かっていないんだ。
だからどういう変化なのかまだちゃんと書くことが出来ない。
でもこの変化はぼくだけに起こっている変化じゃなくて、
街の人々みんなに起こっている変化なんじゃないのかという気がしているんだな。
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| 2009.12.29(火)
文:田島貴男 |
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知り合いのオートバイの今年の乗り納めの話を聞いてうらやましがってる。
全然走りに行けてないなあ。
ここのところいい天気が続いているし、
走ったら気持ちいいだろうなあと思いながら、
オートバイの雑誌を眺めて寝ようとして、
今日の日記を書き忘れていることに気づく。
だから今日は走り書きです。
走れてないことを走り書き。
ねむたい駄洒落です。
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| 2009.12.28(月)
文:田島貴男 |
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仕事が団子状になってたのがやっと一段落ついて、
少しほっとしている。
やっと録画しておいたM-1が観れるな。
知っての通りぼくはゲーム機にどうしても興味を持てなかったのだけど、
ついにあのWiiを買ったんだ。
ネット回線を光にしたらWiiがオマケみたいに買えてさ。
で、さっそくスーパーマリオをやってみた。
ずっとずっとむかし一度か二度ツアー先でメンバーとやったような記憶があるのだけど、
ちゃんとやってみたのは初めて。
そう、この歳にして、今頃!
なるほど、おもしろい!
キノピオもヨッシーもかわいいじゃん。
これは大ヒットするわな。
中学生のときにやったインベーダー同様、
この手のゲームはド下手なのだけど、
キャラクターの動きを見ているだけでも和むし、
下手でも楽しい。
ぼくは丸一日これで遊ぶ気はしないけれど、
みんながハマるのが分かる気がしたよ。
いやーそれにしても恐るべき時代遅れなオレだろ?
でもすこしずつついてきているよ。
街に急に人通りが少なくなって、
大晦日の気配が押し寄せてきたな。
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| 2009.12.25(金)
文:田島貴男 |
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「うわ!なにこのアレンジ超おしゃれ!もりガールにも受けそう!」
と木暮が言うので、
「なんだその「もりガール」って?」とおれ。
「えええ!もりガール知らないの?マジ?うわ、だっせー田島!
ほら、あの、なんだっけ、あの、ほら、
蒼井優ちゃんみたいな人をもりガールっていうんじゃん!」
「蒼井優ちゃんって映画「フラガール」に出てた人?」
「そうそう!まあ、きみにも分かるように説明してあげるとだな。
今なりのオリーブ少女っていうの?」
「なんだそれ!」
というやり取りが昨日あった。
もりガールの「もり」は、漢字で「森」と書くんだってね。
「森」の中の妖精のようなファッションの人を言うんだってね。
「森ガール」の話題ですげえ盛りあがーる、などと、
つい言葉にしたくなる歳におれもなったか...。
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| 2009.12.24(木)
文:田島貴男 |
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朝から用事があってすこし遠出。
師走の首都高は動かないね。
午後にアトリエに戻ってきて、
そのあとは夜中まで木暮と打ち合わせ。
木暮が「ちょっと買い物に行ってくるわ」と言って出かけ、
小さなケーキを二つ買って帰ってきた。あはは。
最近のクリスマスはなにがなんでも盛り上げようぜみたいな雰囲気がなくてさ。
みんなささやかにクリスマスを楽しんでいる感じなのかな。
いろんな人からよく聞くことだけれど、
去年のクリスマスから今年のクリスマスは、
すごいあっという間だった。
神さま、ひょっとして時間を早送りしてる?
地球の自転を早回ししてる?
サンタさんには、
時間をゆっくり流してくれるマシンをプレゼントしてくれるよう、
お願いしたいな。
それともこれからはみんなで一日二回寝ることにして、
一日を二日分過ごすような生活にしてみるっていうのはどう?
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| 2009.12.23(水)
文:田島貴男 |
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L'ultimo Bacio Anno 09に足を運んでいただいた皆さん。
ほんとうにありがとうございました!
ぎこちない歌と演奏を、みなさんに助けていただいたライブでした。
まだ胸のあたりがジンジンしています。
今回残念ながらライヴに来れなかったみなさんも、
いろいろご声援などをありがとうございました。
今度は年を越してすぐのHole Shot Tourでお会いしましょうね!
願いを聞いて サンタクロース
夢を叶えて メリークリスマス
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| 2009.12.22(火)
文:田島貴男 |
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この間の長谷川穂積選手のボクシングWBC世界タイトルマッチも、M-1も、
録画はしておいたのだけどまだ観れてないんだな。
長谷川選手はほんとうにかっこいいボクサーだな。
彼の言動は見栄を張るようなところがなくて、いつもとても謙虚だ。
でも、世界戦をあれだけの数の防衛をして具志堅さん以来の世界戦5連続KOまでやってのけている。
彼のようなボクサーを見ると、
闘志というのは、ぎゃーぎゃー騒いで見せびらかすんじゃなくて、
内に秘めておくものなんだよなと、あらためて思うんだ。
彼のような人こそが一流のボクサーなんだと思うんだな。
彼がウィラポンに2度目に勝ったときはシビれたなあ。
ウィラポンもどんな試合をしてもまったく表情を変えない、
デスマスクというあだ名さえついた、超一流のボクサーだったけれど、
長谷川選手はそのウィラポンを一発のパンチでKO勝ちしたんだからすごいよな。
今日は午前中から必要なものを街に買いに行って、アトリエで軽くリハ。
スタッフと諸々の打ち合わせしたり、明日の準備をしたり。
それでは皆さん、明日のL'ultimo Bacio Anno 09でお会いしましょうねー!
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| 2009.12.21(月)
文:田島貴男 |
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L'ultimo Bacio Anno 09のリハと、
或る熱い魂の曲のアレンジと、
木暮がアトリエに来て”Hole Shot Tour”の打ち合わせの日。
木暮とはうっかりすると、
打ち合わせじゃなくてただひたすら楽しいおしゃべりになってしまうから、
打ち合わせだと意識しながら話すのだけど、
それでもすごく楽しいおしゃべりであることには変わらない。
明後日のライブは、
そりゃあ頑張るに決まっています。
ぼくにとって特別な日であり、
いつも通りの一日でもあります。
すこしばかりの粉雪が降ってもいいのになと思います。
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| 2009.12.18(金)
文:田島貴男 |
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ライブのリハやらほかにもやるべきことがいろいろまだ溜まっていて、
すこし気持ちに余裕がなくなっているかな。
映画「L.A.コンフィデンシャル」を観る。
途中まで話の筋がよく見えてこなかったのだけど、
急にばんばん謎が解けていって豪快にストーリーが進んで面白かったな。
ラッセル・クロウとガイ・ピアーズが熱く演じてていいな。
ケビン・スペイシーはいつも通りのお調子者っぽい演技。
自転車が気になるということを書いたら、
「ほぼ日」の何年か前のコンテンツ、
「自転車思想」を紹介してくれた方がいました。
ありがとうございます。
すこし読んでみたのだけれど面白そうですね。
北陸地方にいる友達が雪景色の写メールを送ってくれた。
すごいことになっているんだね。
東京はこんなにからっと晴れているのにさ。
たまには辺り一面の雪景色なんぞを観てみたいもんだなあ。
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| 2009.12.17(木)
文:田島貴男 |
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ここのところ忙しくてちょっと寝不足だったから、
右目が二重になって戻らなくなってしまった。
何年か前から疲れたりするとたまになっていたんだな。
L'ultimo Bacio Annoのイベントまで治らないかもしれないな。
ライブにいらっしゃるお客さんは、
ぼくの二重に気づいたらそういうわけなのでよろしく。
もう一週間を切りましたね。
ぼくもワクワクしています!
今日は久しぶりにリラックスできて好きなテレビ番組、
「探偵ナイトスクープ」と「アメトーク」を続けてみた。
いつも面白いんだよな。
この間日記に書いた「意識を細かく振り分ける」という話は、
キース・コードのオートバイレースのライディング本に書いてあったんだ。
バイクのレーサーが猛スピードでコーナーを曲がるときには、
アクセルを開けるタイミングだとか、
どういうラインで走るかだとか、
バイクを倒す角度だとか、
加重をどう掛けるかだとか、
瞬間的にたくさん注意(意識)を向けなければならないポイントがあって、
ライダーは、注意(意識)を向けたことによって得た感覚を、
データとして集めなければならない。
その注意(意識)の向け方について面白い説明の仕方をしているんだな。
注意(意識)を10ドルのお金に例えて、
なにか一つのことに10ドル分全部の注意(意識)を使い果たしてしまえば、
ほかの部分にはまったく注意が向けられなくなってしまうから、
10ドル分の注意(意識)は、
2ドルをこの部分に使って、
1ドルをこの部分に使って、
3ドルをこの部分に使って、
というふうに「プラン」を立てて使うべきだ、
というような言い方をしているんだ。
これは瞬間的にいろんなことを注意(意識)しなければならない
バイクライディングのテクニック論としてすごく分かりやすいし、
音楽演奏やスポーツや瞬時における人間の動作一般についてにも応用できる、
面白い説明の仕方なんじゃないかと思ったんだよな。
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| 2009.12.16(水)
文:田島貴男 |
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夜中になにか音楽を聴こうと思ってiPodのリストをぐるぐるやる。
ぼくのiPodは160G bite入るやつで、
めちゃくちゃに曲を入れているからもうわけが分からなくなっててさ。
音楽を探そうとしてもレコード棚をじっくり眺めるわけじゃないから、
なんか目がチカチカしてくるんだよな。
夜だからあまりラウドなものは聴くテンションじゃないし、
とか思いながらリストをぐるぐるやっていると、
ジョナサン・リッチマン・アンド・ザ・モダンラバーズのアルバム
"Summer Morning"が目に留まった。
一曲目になにか中国だか台湾だかの民族音楽みたいな不思議な曲が入っているやつだ。
全編アコースティックでオリエンタル風な民族音楽のような
オールディーズっぽいロックンロールのような、
なんともいえない彼らならではの音楽をやっている。
でもただデタラメに音楽をやっているわけじゃなくて、
やっぱりすごくアーティスティックな音楽なんだ。
聞いた話では彼はいかに小さい音でロックンロールをやるかを考えていたらしい。
モダンラバーズは二十歳の頃アルバイトしていた中古レコード屋で知って
それ以来大ファンだ。
キャラクターがとぼけたようないい味があってさ。
映画「メリーに首ったけ」でベン・スティラーが失敗したりして落ち込んだときに、
なぜか木の陰からジョナサン・リッチマンが現れて
失恋の歌を歌いながら変なギターを弾くんだ。
意外に男前なんだよな。
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| 2009.12.15(火)
文:田島貴男 |
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初めてハイブリットカーに乗ったとき、
キーをまわすんじゃなくて部屋のライトを点けるみたいに、
ボタンを押して車を始動させることに驚いちまってさ。
エンジンの音もしないし振動もしないのにすうっと走り出してエッ?となった。
ああやっぱり半分電気自動車なんだなと実感した。
エンジン=内燃機関じゃない自動車が、
これほど今までの自動車とは違う印象だとは思わなかったね。
まったく違う乗り物という印象だった。
思えば、20世紀はエンジン=内燃機関の世紀だったのかもしれないな。
内燃機関をとことん洗練させながら20世紀は突っ走ってきた。
最近のホンダのCBR1000RRの水冷4ストローク
DOHC4バルブ4気筒の高性能なエンジンは、
モーターのように静かで乗りやすいけれども、
いざアクセルを開ければいきなりすごい加速をしてゆく。
対照的に、ハーレーの空冷V型2気筒OHVのエボリューションエンジンは、
もたもたしているけれども実に味わいがあって、
古い時代のエンジンの構造を今も宿していて、
「オレ、エンジンなんですけど」ってライダーに常に語りかけてくるように
心地よい振動を伝えてくる。
どこか人なつこいイメージのあるエンジンだ。
つい会話したくなるエンジンだ。
人をエンジンフェチにさせるエンジンだ。
ハーレーのアメリカンスタイルの乗車姿勢は
ぼくは個人的にはあまり好きじゃないのだけれど、
内燃機関然としたこのエンジンが大好きだ。
オートバイはエンジン=内燃機関にほとんど直にまたがって乗る乗り物だ。
つまり20世紀を象徴するような乗り物だったのかもしれないな。
でかい音のマフラーをつけて足を大きく開いて
オートバイの振動に酔いしれている若者は、
またの間で起こっている「爆発」に酔いしれているんだ。
エンジンのダイナミックな鼓動が自分のグルーヴだと思い込んで
夢の中でワイルドな気分になっているんだ。
しかし最近になっていよいよエンジン=内燃機関というものが
古い動力だという雰囲気になってきているね。
ぼくは21世紀に入ってやっとエンジンの魅力に気づいたのだけれどもさ。
でもいまや街を見渡せばここにもあそこにも自転車ばかり。
空前の自転車ブームが到来しているのは明らかだね。
ぼく自身もどんどん自転車に興味を持ってきている。
単なる「乗り物としての自転車」が流行になっているだけではなく、
フィットネスのためだとか、
どこどこのブランドのクロスバイクがおしゃれだとか、
ロードレーサーでツーリングしたりレースに出たりするんだとか、
マウンテンバイクでダウンヒルをするんだとか、
「情報としての自転車」にみんな惹かれているところもあるようだ。
ひょっとしたら、なんでも動力に頼ろうとしたのが20世紀で、
21世紀は部分的にかもしれないけれども、
「人力」というものを見直してゆく世紀なのかもしれないな。
もしくは「情報としての人力」に注目していくのかもしれないし。
エネルギーやらなんやらいろんなものを「消費すること」を、
一度対象化して捉え直そうとする世紀なのかもしれないな。
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| 2009.12.14(月)
文:田島貴男 |
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飼っている亀の水換えをしたら亀が気持ち良さそうだ。
こっちを向いてこいつなんか言っている気がする。
言ってないのだろうけど。
今日は歌ってミックスして音楽に集中したから眠りにつくのが大変そうだな。
音楽に集中すると神経が高ぶって眠れなくなるんだ。
干し芋、アンド、ココアで落ち着こう。
最近、干し芋を食べ過ぎているな。すこしセーブせねば。
これ、The Endのところで笑った。
http://video.google.co.jp/videoplay?docid=4776181634656145640&hl=ja#
もういくつ寝るとクリスマス、そしてお正月だね。
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| 2009.12.11(金)
文:田島貴男 |
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やたら眠い日だったぜ。
いまも目蓋半開きで書いてるぜ。
外は寒いのに部屋に入ると温かくて眠くなるんだ。
電車に乗ったら終電でもないのに寝ている人率がすげえ高かった。
「オーロラの彼方へ」という映画を観た。
未来の息子と過去の父親が趣味の無線器を通じて時空を超えた周波数で出会う。
未来の息子が過去の父親の運命を変えさせたことによって、
複雑に入り組んだ事件に巻き込まれる。
ラストに向けて力任せにストーリが捻られていて、
「頑張ってよく捻ったで賞」を勝手にあげたくなる映画。
なかなか面白かった。
Google ChromeのMac版が出たとかtwitterだとかiPhoneだとか、
最近はネットの中の流行がとても身近なものになってきた感じがしている。
ここ最近はぼくらみんながネットの世界を、
日常的な暮らしの一部としてほとんど認めたような感じがするなあ。
今までのネットの外の文化の世界と、新しいネットの中の文化の世界の、
ふたつの文化の世界のバランスが変化して、
大きな会社組織が縮小したり、意外な会社組織が拡大したり、
いろんな尺度が変化している。
ネットの世界も夢見がちな人間が作るものだから、
いい意味でも悪い意味でもどこかしらネットの外の文化の世界の歴史と、
似た変遷をたどるところもあるのかもしれない。
ネットの世界がふつうのことになってきて、
地層の色が変わったみたいに、
違う色の時代に突入したのかもしれないな。
やっとそんな気がしてきているなんて、
進んでいる人から見たら、
ぼくはだいぶモタモタしている人のように見えるんだろうな。
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| 2009.12.10(木)
文:田島貴男 |
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アトリエに着いたらスタッフが
「差し入れっす。これユンケルより効くかもしれないっすよ。」
とRed Bullのスポーツ飲料をくれた。
モトクロスレースでスポンサーになっていたりして、
このメーカーはよく目にしていたので飲んでみたかったんだ。
なるほど効いた感じがしたな。
なんだか今日は仕事が進んだし夕方に眠くなることもなかった。
夜に飲むと眠れなくなることもあるんだってさ。
作業でベースを弾こうとして、
内蔵されているプリアンプの電池を交換しようとしたら、
9ボルト電池のブラケットが老朽化しててバラバラに割れた。
バイクでホームセンターにすっ飛んでいってブラケットを買って帰り、
ハンダごてを使って交換。ベースは復活した。
久しぶりにハンダごての灼けたいい匂いを嗅いだ。
プライベートスタジオでの作業は全部自前だから、
デモ曲を作ったりするのでもギターを弾いたり歌ったりだけじゃなくて、
同時に機材を整備しなくちゃならないからいろいろ忙しいんだ。
モトクロスをやって、
整備作業をいかにすばやく要領よくやるかのヒントをバイク屋店長に教わって、
けっこう仕事でも役に立ってるんだよな。
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| 2009.12.9(水)
文:田島貴男 |
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朝からアトリエでずっと作業。
ライブのリハもあるし忙しくてちょいテンパリ気味だ。
最終電車で帰ってきた。
やっぱり寝ている人が多いな。
改札口で赤い顔したおっさんが凄い歩き方をしていた。
無重力かよ、って感じでさ。
このあいだ軸足の踵でリズムを取ると良いと書いたけれど、
調子に乗ってずっと軸足でリズムを取りながらリハしたら、
片足がつりそうになって歌いながら転けた。
というのは嘘で、よろけて転けそうになったが、なんとか持ちこたえた。
やっぱり疲れるし、リズムを取る足は右と左を適度に変えた方がいいみたい。
ていうかそんなことべつに考えなくてもいいんじゃん?オレよ。
なんだか今日はリズムに乗れないなあってときに、
軸足リズムを思い出すくらいでさ。
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| 2009.12.8(火)
文:田島貴男 |
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忙しくて気持ちが少し窮屈になってきているんだな。
ここで一息つきたいところなのだけれど。
「ランボー4」を観たら忙しくてささくれ気味だった気持ちがなにかスカッとしたよ。
なんかやたらドカンドカンしててさ。
自転車への興味がまだ続いている。
街で見かける自転車をついついチェックしてしまうんだな。
いまは空前の自転車ブームなんじゃないのかな。
師走なのか、道が渋滞しているなあ。
バイクを走らせてもすぐに車の混雑に囲まれてしまう。
車に挟まれて重い883をトライアルバイクのように、
ゆっくりゴロゴロ進ませている。
干し芋、アンド、ココアにハマっている。
冬はこいつが旨いんだよな。
ココアはコーヒーみたいに何杯も飲めないから、
一日一回のお楽しみ。
正月はもうすぐなのに、餅はまだ食べない。
正月にならないと餅を食う気がしないんだよな。
別にいま食べても、一年中食べてもいいのにさ。
わざわざ正月に食べるのにとっておきたい食べ物なんだよな。
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| 2009.12.7(月)
文:田島貴男 |
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友達から借りたダウンヒルのDVDを観る。
ダウンヒルは自転車で山を下るスポーツなのだが、
ただふつうに山道を下るのではなく、
道があるのかないのか分からないような、
山の獣道を猛スピードで下る。
丸太を飛び越えたり、
モトクロスバイクのようにジャンプしたり、
断崖絶壁のようなところを自転車で落っこちるように走ったり、
川の上にかかる細い丸太の上を走ったり、
谷をジャンプして飛び越したりする、
命知らずなスポーツだ。
モトクロスをやっている人にたまにダウンヒルをやっている人もいて、
話には聞いていたのだけれど、
これはぼくには逆立ちしてもできそうにないスポーツだな。
エクストリームというスポーツのジャンルがいつの間にか存在していて、
ぼくは最近やっとその存在に気づいたのだけれど、
こういう命知らずなスポーツのジャンルって昔にはあったのかな。
コンピューターゲームのようなバーチャルなゲームが一般的になっているかたわら、
エクストリームのような人間の体力と知力の限界をぶっちぎろうとするような、
リアルすぎるゲームも若者たちの間で流行ってきている。
この二つのゲームの方向性は対極的であるけれども、
同じ時流の中から出現してきたものなんだよな。
そこにはなんらかの理由とか動機のようなものが、
なんらかの気分の反映みたいなものがあるんだろうか。
なんもねえのかなやっぱ。
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| 2009.12.4(金)
文:田島貴男 |
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いままでも音楽を演奏するときに自分で無意識にやっていたことなのだけれど、
今日初めてはっきりと自覚できたことがあってさ。
手に右利き左利きがあるように足にも利き足があることは、
サッカーをやったことがある人なら分かると思うのだけれど。
旧車を除いた一般的なオートバイは右がブレーキペダルで左がシフトペダルになっている。
左が軸足の人が多いからということなんだよな。
操作することの多いブレーキペダルを利き足である右足で操作した方が良いということなのだろう。
最近ようやく、バイクの運転操作はほとんど足でするのだということを、
実感として分かるようになってきた。
足で加速を感じて反応させ動かしたりしているうちに、
バイクの運転以外でも自分の足の動きを意識することが多くなった。
今日弾き語りのリハをしているとき、
バイクに乗っているときのように足の動きを意識していたら分かったんだ。
音楽を演奏するとき、ほとんどの演奏者は足でリズムを取っているのだけど、
右と左、どっちの足でリズムを取ると良いのか。
右足でリズムを取るのと左足でリズムを取るのとではノリが変わってくると思うんだ。
そこで気がついたんだよな。
案外このことは誰も教えてくれなくてさ。
田島のやつ今頃気づいたのかよって言うミュージシャンもいるかもしれないな。
軸足でリズムを取るのが良いリズムの取り方だと思うんだ。
ぼくの場合は利き足が右足で軸足は左足。
だから左足、しかもつま先でなくて踵でリズムを取るのが良いと思うんだ。
つま先でリズムを取るのと踵でリズムを取るのとでは、またノリが変わってくるのだけれど、
軸足のかかとでリズムを取ると身体にグルーヴが発生してテンポが安定する。
軸足のかかとでリズムを取ったほうが良いノリが身体に生まれるんだ。
ドラマーは右足でキックを踏みながらハイハット側の左足の踵でリズムを取っていることが多い。
左足を軸足にして、右足で、
歩くのに邪魔な石とか枝とか草を退けたり蹴ったり、
人間はきっとかなり昔からそういう動きをしてきた。
利き足の方は何かを操作するのに適している。
でも何かを操作する方の足だから、
リズムを利き足で取っても身体はそんなに揺れない。
軸足は本来体重をのせて動かさないためのものだけれど、
その動かさない方の足でリズムを取ると、体全体が揺れて、
人は波を感じて、なにかを思いだすんじゃないかな。
うまくいけば、その波は広がって、他の人に伝わる。
軸足でリズムを取り体全体をグルーヴさせる。
リズムキープは軸足の踵でリズムを取るとうまくいく。
軸足はひとによって違うから、
右でリズムを取った方がよい人と左で取った方が良い人がいると思うんだけどね。
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| 2009.12.3(木)
文:田島貴男 |
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このあいだ出てきたレッドカーテン時代の珍しいライブ写真。
屋根裏でやったときの写真だね。
1986年頃だと思う。
ギターはすでにいまと同じエピフォンを使っている。
この頃はモラリス(モズライトのコピーモデル)の、
12弦エレキを真ん中2弦だけ復弦にして8弦にしたやつと、
このエピフォンがメインだったな。
真ん中がぼくで、もちろんウィッグとかではなく、地毛です。
この頃は電車に乗ると周りの人がぼくを避けるようにしてたね。
左にベースのオリ君、右にギターの村山君。隠れているけれど後ろにドラムの秋山さん。
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| 2009.12.2(水)
文:田島貴男 |
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映画「迷子の警察音楽隊」を観た。
エジプトの警察音楽隊がイスラエルに演奏旅行に来たのだが、
手違いもあってまったく違う場所に着いてしまう。
砂漠ばかりでなにもない町に小さなレストランだけがあって、
どこか妖しい魅力のある女性が店を切り盛りしている。
途方に暮れている彼らはほかに行くあてもなく、
彼女の勧めに従いそこに一夜泊めてもらう。
物語のテンポが極端に遅く、各シーンに決まりの悪い長い間をわざと持たせて、
登場人物たちのとぼけたような味を引き出している。
アキ・カウリスマキの「レニングラード・カウボーイズ」を思いだした。
激しいアクションは一つもないのに、
人の心理が銀幕の上に常に揺らめいている。
警察音楽隊たちはみな諦念を抱いているようで、
希望もなくただ運命に流されてゆくのだが、
美しい空色の制服が老いて孤独な表情をたたえている警官の情念を包み隠している。
この映画唯一の快活な女性に内面をかき乱されているのだ。
この映画で最後に警察音楽隊が歌い演奏するアラビア音楽は情熱的なラブソングだ。
ぼくは昔「ディザイアー」というアルバムを作ったとき、
中東、ペルシャ、エジプト、トルコ、ギリシャのジプシー音楽などにハマってしまって、
何百枚もCDを買って、ウードという中東の琵琶のような楽器まで買って、
しばらく弾いていた。
アラビアの歌はセクシーで情熱的なラブソングが多いんだ。
ベリーダンサーはきらびやかな黄金の衣装を身につけ、
肉感的な身体を露にして柔らかに舞う。
アラビアの女性は黒い布を全身に纏って顔まで隠しているけれど、
部屋にいるときはその布を取って中に着ている色鮮やかな衣装を、
主人にだけ見せていると聞いたことがある。
感情を露にしないという、隠すことの美徳みたいなのが中東にはあるのだろうか。
平安時代の日本の貴族の女性もいつも顔を隠していて、
結婚して初めて顔を見てびっくりした旦那もいたなんて話を、
高校のときの国語の先生がしていた記憶がある。
隠されることで気持ちがかき立てられることって、
なんかいま減っているよなあ。
まあそれはいいことでもあるのだけどさ。
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| 2009.12.1(火)
文:田島貴男 |
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ボクシング亀田対内藤の試合を観たのだけれど、
亀田選手は清水智信選手の試合を参考にしたんじゃないのかと思ったよ。
とくに序盤の亀田選手は、清水智信選手の内藤戦のときの動きに似ていたように思う。
中盤から後半、亀田選手は一ラウンドづつリセットするように出方を変え、
作戦をよく練っていたように思う。
さすがの内藤選手も研究し尽くされてパンチを見切られているような感じだったな。
見応えある面白い試合だった。
負けてしまったけれど、
あの年齢で世界タイトルを5度も防衛した内藤選手は本当に凄いと思う。
亀田選手はさらに強くなってきているように見えたし、まだしばらくは勝ち続けそうだな。
意識を集中すると、力が凝縮して仕事がはかどったりするのだけれど、
逆に、意識を集中すると一つのことしか意識できないから、
ほかに意識しなければならないところが疎かになって失敗する、
ということがぼくにはよくあるんだ。
「力んでいる」といわれるときの状態はこれに似ている気がする。
意識を集中すると、意識していないところは無防備になっている。
ボクシングなら、
相手の前からのストレートばかり意識しているとボディを打たれるだろうし、
攻めが疎かになってしまう。
オートバイのスポーツ走行やギターの弾き語りの難しさも、そういうところにある。
意識を一つのポイントに使い切ってしまうのではなく、
いろんなところに小さく砕いて振り分けて、同時に意識するんだ。
人生においてもそういうことが必要な場面があるように思えるんだ。
意識しないで大事なことになんにも気づかずに通り過ぎてしまうというのは、
言うまでもないのだけど、
意識しようとして、一つのポイントに集中し過ぎてしまうと、
ほかの部分が抜け落ちて、バランスが崩れて、勘違いしてしまったりするんだ。
一つのポイントだけに極端に近づいて意識しようとせずに、意識を振り分けて、
全体を見渡すように意識して、
その場面を切り抜けてゆくというのは、とても難しいのだけれど、
経験を積むと少しずつできるようになってゆくと思うんだ。
そういえば吉本隆明さんがこれと似たことを言っていたような気がするなあ。
木の枝葉に目を奪われず、幹がどうなっているかを見る、
というようなことだったと思うのだけれど。
ただそのことを思いだしただけだったのかな。
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