ORIGINAL LOVE OFFICIAL WEB SITE "HAVE THE Last Laugh"

SPECIAL CONTENTS

田島貴男 × 木暮晋也 「俺たちニューウェーバー」

ニューウェーブとは1970年代の終わりから80年代にかけて世界中で起きた 一大ムーブメントのことである。 パンクロックの地震によって起こった音楽の新たな波は世界中に伝播し、 それが津波となって80年代の音楽シーンを覆い尽くしたのである。  楽器がうまく弾けなきゃバンドは出来ないし曲もつくれないってな価値観を シンセサイザー片手にいとも簡単にブチ壊す若者たち、既存の音階、既存の ビートから逸脱し、ノイズや実験的な音をレコードに刻み込む者(ドラム缶 をたたいたり、工事に使うドリルを使用する者までもが登場)などなどなど が次から次へと波に乗ってやって来るような時代に多大なる衝撃を受けた世 代の田島貴男と木暮晋也。 そんな二人が今、ニューウェーブを振り返る……いや、振り返らない(?)。

01.俺たちニューウェーバー?

田島 今日は“俺たちニューウェーバー”ってテーマで
木暮にも来てもらったわけだけど。
木暮 俺たちニューウェーバー?
田島 ウィル・フェレル主演の映画の“俺たちシリーズ”
(『俺たちニュースキャスター』など)みたいな感じでさ。
ほら、俺たち“現役”ニューウェーブでしょ。
木暮 そんなの初めて聞いたけど(笑)。
でも、まぁこのまま墓場までニューウェーバーでいくつもりだけどね。
現役ってのはダブルミーニングでいきましょう。
ニューウェーブの“原液”ってことで。
田島 そうそう、俺たちが原液だよ。薄めてねえぞ!って。
木暮 はははは!
お二人ともニューウェーブ直撃世代ですよね。
リアルタイムで「これがニューウェーブだ!」と意識しながら聴いてました?
木暮 もう超意識してましたよ。
田島 俺も超意識してた!!
木暮 ニューウェーブって言葉が最先端だったしね。
ニューウェーブ以外は音楽じゃねえって思ってた。
田島 思った! 思った! 耳に入れたくないって感じだったね。
それ以外は全部商業ロックみたいに思ってて。
当時のメインストリームはといいますと……。
田島 EAGLES、あとJOURNEYとか。というより聖子ちゃんとかかな?
木暮 ああ、歌謡曲全盛だったね。八神純子の『パープルタウン』とか。
で、お二人は具体的にはどういうアーティストを聴いてたんですか?
田島 木暮と出会ったころに『音楽なに聴いてる?』って聞いたら
WHAM! って言っててさ、うわっ、だせぇ~って思ったんだよね(笑)
木暮 はははは。田島はかなりニューウェーブど真ん中だったけど、
俺はもうちょっと幅があったんだよ。
田島 その頃、WHAM!は理解できなくて。ジョージ・マイケルが
あの半ズボン履いてたりするのとか意味わかんなかったもん。
木暮 でもね、そういうゲイカルチャーの魅力がわかんない少年の俺でさえも
WHAM!の1st『FANTASTIC』には魅了されてね。
あれはホントによく出来てるアルバムだよ。
田島 うん。今、聴くとよく出来てると思う。
木暮 それまではもっとダークなニューウェーブばっかり聴いてたんだけど、
WHAM!は好きだったなぁ。
田島さんはどんなのを聴いてたんですか?
田島 RIP RIG PANICとかだね。
中2か中3くらいの時に『URGH! MUSIC WAR』を聴いて以来、
そういうのばっかり聴いてた。
ただマイケル・シェンカーとAC/DCは例外として聴いてたよ。
それはニューウェーヴ以上に意外だと思われますよ(笑)。
木暮 そういう時代だったからね(笑)
田島 あとは徳間(ジャパン)から出てる Rough Trade ものばっかり聴いてた。
高校一年くらいの頃に郡山にヤンレイっていうレコード屋が出来てね。
そこのお店の人がいろいろ教えてくれたんだよ。
Rough Tradeのエサ箱がガーッってあってさ、それを漁りながらあれもほしい!
これもほしい!って。
木暮 高くて買えなかったねー。
田島 だからジャケを見て音を想像してね。
YOUNG MARBLE GIANTS とかさ『この子供の絵はなんだ?』みたいなね。
木暮 やっぱり情報源がほとんどなくて『FOOL’S MATE』と、
あとはまぁホントにたまーーにTVでそういう映像が映るくらい。
田島 でも、『FOOL'S MATE』が手に入るようになったのもずいぶん後になってからだよね。
でっかい書店に行かないとなかったよ。
木暮 あとファンジンとか、『ZIG ZAG EAST』ね。
田島 『ZIG ZAG EAST』なんか初めて見た時興奮したよね!
木暮 興奮した! 表紙がスージー・スーとかでね。
田島 カッコいい!!ってね。『ROCK MAGAZINE』ってのもあってさ、
東京に行ったときに買ったりして。くらーい雑誌でね。
あと郡山にブルース喫茶とジャズ喫茶があってそこにもあったよね。
では、主な情報発信源もそれらの喫茶店とヤンレイだったのですね。
田島 そう。THE CURE の『Pornography』をレコード屋でかけてくれてさ、
新譜として聴いたんだよね。一曲目のイントロのダダダダ ダッ……って
ドラムでもうやられちゃって!
木暮 『血に塗られた100年』ね!
あのリズムパターンでもうノックアウトされたよね。
田島 そうそう!『One Hundred Years』。なんだ、これ! かっこいい!
タムに水はってるよ!って大騒ぎして。
ジャケもメンバーのシルエットしか写ってなくて、
ロバート・スミスが髪の毛がもうすんごいことになってるんだよ。
こいつどんな奴なんだろう?って(笑)
木暮 ロバート・スミスはもうあの頃のニューウェーブ・スターだったからね。
田島 木暮はCUREに関してはすごかったからね。
木暮 もうね、自称キュアーチルドレン!
田島 わははは!
木暮 他に誰もそんなこと言ってないけどね。初来日も行ったし。
学校早退して新幹線に乗って中野サンプラザまで。
すごい! 周りでニューウェーブを聴いてる人はけっこういたんですか?
田島 5人くらいだったかな?
時代はニューウェーブってことは、
すでにパンクは古いものになってたんでしょうか。
田島 いや、っていうかパンクを聴いてる人って限られてたから、
ほとんど知らないってかんじだったね
なるほど。では、そんなニューウェーブのどこに魅かれたのかを教えてください。
木暮 感覚として、毎月のようにカッコよくて凄い人たちが
次から次へと新しく出てきてた時代なんだよね。
今月はこれか! 今月はあれかよ! みたいな。
田島 郡山に住んでるから動いてる映像なんかみれないし、余計に熱くなったよね。
木暮 妄想がマックスに広がったもんね。
東京の人より熱い気持ちをもってたと思うよ。
田島 みんなカッコよかったもん。P.i.L も初めて『Metal Box』を聴いた時
はなんだこれ!って思ったし。やっぱね、もう圧倒的なカッコよさだよね。
新しすぎ! みたいな。
木暮 新しいし、わけわかんないし、それを何としてでも情報を仕入れたいっていう情熱があった。
今、ロンドンは凄いことになってるんだみたいな妄想もあったでしょ?
木暮 も~う頭の中はすごいことになってたね。ロンドンに対する憧れで。
『ロンドンに行きたい』って本もありましたね。
木暮 いまだにもってるよ。いまだに憧れがあるし。
その前のロックとはどこが違いましたか?
田島 その前は芸としてのロックっていうかさ、ギターがうまくなきゃいけないみたいなね。
みんながLED ZEPPELINとかDEEP PURPLE みたいな方向にいて、
ジャズと融合されてフュージョンみたいになっていって……って感じだったんだけど、
なんかつまんないとこがあってね。そうじゃなくてもうなにやってもいいんだ!
むしろ正反対なことやるのがクール!みたいな、それがニューウェーブ。
木暮 とにかく人と違うことをやるのが一番クールみたいな時代だもんね
次へ